筆写 ~ 李白『山中問答』

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『笑而不答』の部分での

『答』の竹冠ですが、

草冠の形で書いています。

今まで気に留めたことは

なかったのですが、

書道字典を開いてみると

『答』の字(古典)は

『草冠+合』の形で

書かれています。

それを踏まえてか、

狩田巻山先生の字典にも

行書体はその形で書されています。

そして書道字典をよくよく見ると

他の字でも竹冠と草冠が入り混じって

いるものです。

字典や、書写に関する書籍を見ると、

ひとつの漢字をとっても、字の形や

書き順など、複数のパターンを持つもの

は結構多くあることが分かります。

いえいえ、「複数のパターンを持つ」

という言い方がそもそも微妙で(笑)、

歴史上色んな書き方がなされていたものを

「便宜上この書き方に統一して・・・」と

できるだけ1パターンに絞るような方向性

で時代を経てきてた、ということでしょう。

私たちの多くは、これまでの教育上で

ひとつの字につき、およそ1パターンの

形や書き順でしか教えられてこなかった

ので、習ったもの以外は「間違い」

みたいに思ってしまいますが、

字の歴史を覗き見ると、そういった概念が

おかしく思えてきたりもします。

※※ 実際には教育上でも、許容される

書き方として1パターンにとどまらない

字の在り方の指導方針はあるようですが、

教育現場ではそんな細部まで手が回って

いないのが現実のようです。 ※※

そんな字に限らず、私たちは

自身が教えられてきたもの、あるいは

身につけた価値観といったものに対して、

それと異なるものを「間違い・ダメ」と

判断してしまうことが多くあるように

思います。

例えそれが誰の意図でなかったとしても、

なんとなくそういった教育環境が

社会の中に出来上がり、私たちがそこで

育ってきたというように考えると、

避けがたいものなのかもしれません。

それでもなお、

「間違いだ」と思うことに出会うたびに

「それって間違いなの?」と冷静に自問

し続けてみると、思考の自由度は大きく

なっていくような気がします。

筆写文章

問余何意棲碧山

笑而不答心自閑

桃花流水杳然去

別有天地非人間

 李白『山中問答』