筆写 ~ 島崎藤村『若菜集・草枕』より

島崎藤村『若菜集 草枕』より 硬筆筆写
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『 字の練習において最も大切に

 していることは何でしょうか? 』

先日にご質問を頂戴しましたので

ここにてお返事させていただきます。

人それぞれにおいて大切なことは

異なりますので、あくまでも私見

としてご覧ください。

(おひとかただけ、私のこの私見を

 押し付け気味にしてしまっている

 元生徒さんがいらっしゃいまして、

 私の反省するところです(笑))

『心・技・体』という言葉がありますが、

この並びの通りに、何よりも『心』の部分を

最も大切に、というのが今の私です。

何だか大げさで分かりにくい感じですが、

実際には何でもありません。

「上手く、格好よく書きたい」

「人に褒められたい、認められたい」

「恥をかきたくない」

こういった感覚を取り除くことに重点を

おいて書写に取り組むということを

最も大切にしています。

『上手・格好良い』或いは『恥ずかしい』

などはすべて人目を意識した感覚です。

こんな感覚から離れようとするのが

私にとっての書写であり、さらには

『心の持ちよう』の練習です。

「え? でも人目があるからこそ、

 そのために練習するのでは?」

と言われれば、そうなのです(笑)

人間社会の中で生きる身として、

そこに何かの目的があって練習すると

いうのは全くその通りなのです。

世の中に自分ひとりしかいないので

あれば、おそらく誰も字の練習など

しないと思います。

そのことを前提としたうえで、

いや、その前提があるからこそ、

上に記した『心の持ちよう』という点を

あえて私は大切にしています。

練習を始めた動機や目的から一旦離れる

という『心の持ちよう』です。

こうなりたい、ああなりたいなどという

『欲』から遠ざかった状態で練習をする。

ついては、そういった状態に居ることを

練習するために書という舞台がある。

イメージを起こして、

そのイメージにペンや筆を乗せる。

筆写において100%その感覚で

満たされていれば、それが理想です。

結果が100%イメージ通りかどうか

ということではありません。

その感覚が100%ということです。

仮に、イメージと、それに基づいて

書かれた結果に差異があっても、

それは上手いでも下手でもなく、

そこに差異があったというだけで、

また違う感覚で書いてみるのです。

常に「ふ~ん」と俯瞰できている、

そんな状態です。

ところが実際に人前にさらすとなると、

「上手く書けるかな・・・」

「あ、この線、失敗した!」

「めっちゃきれいに書けた!」

「なんか形が・・・(汗)」

いろんな意識が湧いてきます(笑)

こんな意識こそが、実は処々において

上達の妨げとなっていたことが

経験的に分かってきました。

字だけではありません、

大げさではなく生き方そのものも。(笑)

己の心の持ちようというのは

すべてに通じているというのが、

私がようやく感じ取ってこれた感覚です。

ですので、

そんな意識が出てくるたびに

力を抜いてそれを無視する、

またそんな意識が現れたら、

また力を抜いてそれを無視する、

という『心の持ちよう』の練習です。

字を書く際には、その練習を最も

大切にしています。

上にも書きましたように、

心の持ちようは己のすべてに通じて

いますので、仕事も含めて日常生活に

おける様々な事物それらが同じように

『心の持ちよう』を意識する練習の

舞台となります。

目的や結果を欲して行動を始めますが、

行動に入ったら、その目的や結果に

こだわろうとする欲から離れる。

あるのはただただ目の前の行為のみ。

欲=念=力 でして、人によってその

作用は異なりますが、私においては

力が入ると流れは自然でなくなります。

時に流れは滞ってしまいます。

字の話に戻しますと、私は狩田巻山先生の

字を好んでいます。狩田先生のことは、

その字以外についてほとんど知りませんが、

見れば見るほど、その書の自然で自由な

流れに魅了されました。

いつも滞りなく自然な流れであるために、

『力を抜いて淡々と』

この『心』こそを練習しています。

練習と言いましても、練習と実践に

分け隔てはありません。

練習と実践などと分けてしまうと、

そこでまた”実践用”の意識が力として

働いてしまいます。

そしてそれがそのまま字を書く際にも、

書き上がった字にも反映されてきます。

練習も実践もなく、

ただただ心静かに書に向き合う。

そして日常生活のすべてにも。

決して一筋縄ではいきませんが、

それが私の最も大切にしているものです。

筆写文章

ひとりさみしき吾耳は

吹く北風を琴と聴き

悲み深き吾目には

色彩いろなき石も花と見き

  島崎藤村『若菜集 草枕』より