第一章 『 た の し 』
【1】
「『象徴という概念の果たせる役割について
史実をもとに考察せよ』だって・・・?」
大学の図書館なら集中できるだろうと思った
が、なんとなく絞りどころのない、かつ興味
も湧かない課題に向かっていると気分は滅入
ってしまいそうだ。
そんな僕に対して、さっき隣に座ってきた
クラスメートの彼女は、意気揚々と課題に
向かっている。
あぁ、しんど・・・
「こんな内容、面白くもなんともなくない?」
「そんなこと考えてたってしょうがないよ」
悶々とした僕のつぶやきに、彼女はあっけら
かんとした笑みをもって返してくる。
まぁ、それを言われてしまうとなぁ・・・
またすぐに課題に向かう彼女の横顔を眺め
ながら、僕の思考もまた元に戻る。
「もっとさぁ、このオレ達の生活に密接に
関係するようなさぁ、実用的な課題だった
ら、面白くも楽しくも取り組めるだろうに」
「そりゃ、それならなおさらいいけどね!」
にこっと微笑んでくれる彼女は、やはり余裕
だ。そう言ってまたすぐに机に向かっている。
「そうだよ、もっと楽しく取り組めるような、
面白いテーマを考えることも教授の仕事
だよ・・・」
などと性懲りもなく、無言で筋違いの文句を
並べて抗う。
楽しくて、面白いさぁ・・・
楽しいもの、面白いもの・・・
なかば課題を放棄した頭の中で無意識的に
そんな言葉を繰り返していると、
ゲシュタルト崩壊的に言葉のもつ音と
意味が乖離してくる。
傍で聞いてくれる誰かがいることが分かって
いると、どうでもいい事が懲りずにまた口を
ついて出た。
「面白い、楽しい、って言葉、そもそも何?」
彼女の視線だけをふと感じたが、僕は自分の
スマホで何気なくググりながら、また無意識
につぶやく。
「面白い。面は目の前のことで、白は、
明らかになるとかはっきりとする。目の前
の状態がはっきりとすることから、その
感覚が心地よいとして、徐々に現在の面白
いの意味になる、と。」
「楽しいは・・・楽の字は、神様にお祈りを
ささげる時に、神様が喜んでくれるように
と作られた楽器のような道具、その形が元
になってるんだって。だからそもそもは
音楽とか楽器を意味するんだけど、それが
心地よいから、楽しいっていう感情にこの
字が使われるようになった、のかぁ。」
「 あはれ あなおもしろ あなたのし
あなさやけ おけ 」
突然、彼女がゆっくりと、そしてはっきりと、
呪文めいた言葉を発してきた。
「・・・なに、その呪文みたいな・・・
こんな僕の姿をみて、憐れ?、さらに
おもしろがってるわけ・・・?」
「あははっ、考えすぎだよっ!なかば自分で
そう思ってんじゃないのぉ~?」
屈託のない笑顔で彼女はこう続けた。
「あはれ あなおもしろ あなたのし あな
さやけ おけ」
「神代の昔、神様が世の中をつかさどって
いた時代ね、天照大御神が天岩戸って
いう洞窟に隠れちゃって、世界から太陽の
光がなくなったことがあるって言われるの。
天照大御神は太陽の神様って言われる存在
だから。」
「あぁ、なんかそんな話、オレも聞いたこと
あるなぁ。洞窟の前で女の人が裸踊りした
とかなんとか、そんな話・・・」
「そんなとこばっか聞いて妄想してんでしょ
!!ったく、オトコってほんと。」
~ 続く ~
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